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目にあまる英語バカ

目にあまる英語バカ

素晴らしき英語バカの世界へようこそ
なぜ日本人は英語がしゃべれないことを恥ずかしいと思うのか?
『国家の品格』ではわからない、ゲラゲラ笑って、深く納得できる最高の日本論&コミュニケーション論!
英語なんかほんとうは必要でもなんでもないのに―「バカ」論の権威・勢古浩爾による痛快書き下ろし。
あなたの隣にいませんか?


(1) ただなんとなく「英語ができるとカッコいい」と思い勉強しているバカが多い。それは、西洋人に対するコンプレックスのあらわれ。
(2) 日本人が英語ができないのは、必要がないからに過ぎない。
(3) 文科省が進める「小学校から英語学習」は意味がなく、弊害が多い。英語が必要な日本人は一部なのに、子ども全員におしなべて英語を押し付ける必要はない。
(4) 巷には、「聞き流すだけで・・・・」というような英会話教材が多いが、そんなもので英語ができるようになるはずがない。また、無目的に英会話スクールに行っても英語力はつかない。
(5) 「中学校から大学まで10年間も英語を勉強したのに英語ができない」というのはウソ。そういう人は、実質的にどれだけ勉強したのか。できないのは勉強量が足りないだけ。
(6) 英語ができるようになるためには、NHKのラジオ教材をきちんと続けることで十分。ただし、勉強時間はかける必要がある。→毎日1時間を3年間、または3時間を1年間、または6時間を半年間、は必要。



この本、読んでないんですけど ヾ(・・ )ォィォィ
↑の要約を見て、内容がわかっちゃって…いや、ま、買う必要もないなと思って…。
でも記録しておきたくて、ご紹介。

身近に"英語バカ"が居るんですけど
なんのために英語を身につけたいのかと言えば、英語を身につけること自体が目的だという…
いろんな教材やら本やら次々買い込んでいるけれど、でも進歩しているようには見えない…

言語はあくまで手段だと思うんですよね。
どうしても原語で本が読みたい、読まなければならないとか、
どうしても日本語が話せない人とコミュニケーションを取りたい、取らなければならないとか
そういう事情がない限り、他言語は必要ない。
私には「必要ないからできない」とまで言いきることはできなかったけれど、この本の著者・勢古浩爾さんは言いきってくれちゃってるみたいです。

多言語が使えるって、ある意味かわいそうだと思う。
国としてそうなら、いろいろな国に蹂躙された歴史があるんだろうなと思うし
人としてそうなら、ひとつのところでじっくり育つことができなかったんだなって思う。
必要に迫られれば、誰だって英語だって仏語だって日本語だって身に付くのは当然。

まあ、外国語がペラペラしゃべれるってカッコいいとは思うけれどねぇ。
(日本に居る外国人は本国では考えられないくらい"モテル"んだそうです)
それが役に立つ場面が平均的な日本人にはほとんどないってことも事実なんだわ。

昔々、大学時代、法隆寺に友だち3人と遊びに行っていて、外国人に道を聞かれて、4人して絶句したことがある。
なさけないことに、頭の中がパニックでとっさに言葉が出なかった…。
そしたら、そばの食堂のおばちゃんが出てきて「あっち!あっち!」と大声で指さす…。
それでOK!(愕然)

(日本で)もっと英語がしゃべれたらよかったと思ったのは長い人生でその時だけなんだけど、同時に英語ってそんなに必要ないんじゃない?って経験するっていうのも…なんともはや…いまだに忘れられない強烈な思い出…。

今、当時より英語でのコミュニケーション能力が上がっている(と思う)のは、(おばちゃんになって厚かましくなって)細かい文法無視で(「あっちあっち」に近い)英語を話せるようになったからだと思う。英語の論文を読み書きしている息子より会話はできるもの。
平均的日本人ってそんなものじゃあ?

まあ、趣味で英語バカをやってるって人にはなんにも言えないさねぇ。
でも、強迫観念で英語バカをやらされている人には、この本、理論武装(笑)になるかも…ね。
少なくとも無駄遣いはしなくてすむに違いない。
聞いているだけで英語ができるようになるって宣伝している遼くんには悪いけどね。
でも遼くんがぜんぜん英語できるようになっていないってことは、インタビューを受けているのを見たら一目瞭然(・・;)



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