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ミュシャ展 ~運命の女たち~

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ミュシャ展 ~運命の女たち~ です。

↓の国宝展で待ち時間隣り合って並んでいる間におしゃべりした方が、春に東京のミュシャ展に行かれたって話をされていて
帰りに伊勢丹に寄ったらたまたまやってたのでちょっと寄り道。
東京のミュシャ展はもっともっと大きな展だったのは知っていましたけれど。
なにせあのスラブ叙事詩を国外初公開。
(「東京の人って待っている間、何もしゃべらないのよ。静か~なの。」って、よりによって見ず知らずの私にしゃべっている・・・関西人♪(笑))

ミュシャを嫌いっていう人は少ないんじゃないかと思いますが、どうでしょう。
すごい達者なデッサン力だとは思うのですけれど
なんとなく芸術というよりはグラフィックデザイン(ポスター)のイメージ。
それがどう違うとはっきり言葉にできるわけでも、それが悪いというわけでもないのですけれど。


ミュシャ展 ~運命の女たち~

アルフォンス・ミュシャ(フランス語:ミュシャ/チェコ語:ムハ 1860-1939))は、1860年7月24日、現在のチェコ共和国モラヴィア地方の小さな町イヴァンチッツェに生まれました。ウィーンの舞台装置工房で働きながら、夜間にデッサンを学び、1887年にはパリのアカデミー・ジュリアンで最後の歴史画家と言われたジャン=ポール・ローランスに学びました。1894年の年末に、舞台女優サラ・ベルナールの公演ポスター「ジスモンダ」をデザインしたことで、1895年にサラ・ベルナールと契約を結び、彼女のためのポスターや衣装、ジュエリー、ヘアスタイルから舞台装置まで手掛け、一躍大人気画家となります。1900年、パリ万国博覧会で活躍、アール・ヌーヴォーの旗手としての地位を不動のものにします。
商業的成功を収めたミュシャは、1910年に故国チェコに帰郷。20点から成る連載《スラブ叙事詩》の制作に着手。スメタナの組曲《わが祖国》にインスパイアーされたと言われ、完成に17年を費やしました。(1928年プラハでの展覧会で全20点を公開)。この時期、チェコへの愛国心を喚起する多くの作品群やプラハ市庁舎の装飾を手がけ、1918年、チェコスロバキア共和国成立にあたっては、新国家のため無償で紙幣、切手、国章などのデザインを引き受けました。1939年春、ドイツ軍がチェコスロバキアを占領した時、「国民の愛国心を刺激する」として捕えられ激しい尋問を受けます。釈放されますが7月14日プラハで死去。享年79歳でした。
本展は、ミュシャの初恋、あるいは人生の転機となったサラ・ベルナールとの出会いを始め、その生涯を彩った運命の女性たちに焦点をあてミュシャ芸術を紹介します。ミュシャの生まれ故郷であるイヴァンチッツェ近郊に居住する医師ズデニュク・チマル博士の祖父母から3代に亘るコレクションに限り、リトグラフのポスター、装飾パネル、さらには水彩画、素描画など、約150点を展覧いたします。

▶作品リストはこちら

2017.10.14~11.26  @美術館「えき」KYOTO




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