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琳派 京(みやこ)を彩る

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琳派誕生400年記念 琳派 京(みやこ)を彩る @京都国立博物館 を見てきました。

本阿弥光悦(1558~1637)が徳川家康から鷹峯の地を拝領した元和元年(1615)から400年なのだそうで、今年は琳派400年としていろんな催し物が(うるさいほどに)開かれています。
でも「琳派」は、 大正時代に美術史関係の人が創り出した言葉なのだそうで、本人たちにその自覚があったとはとても思えないのですけれどね。「著作権」なんて言葉も概念もなかった時代にパクっただけのこと。

とりあえず
今日から「風神雷神図屏風」3作品(宗達、光琳、抱一)が同時に鑑賞できます(~11月8日)
いやな予感はしたのですけれど、やっぱり140分待ちの表示(;_;)
ここまで来て引き返せないと列に並び・・・実質60分待ちくらいでした。
帰り2時頃には40分待ちになっていて、館の外では並ばなくてよいようだった↓ので、やはり初日の午前中は出足快調だったのでしょう。
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8日までは混雑が続くと思われますけれど、何時ころがピークなのかは・・・館の人でも言えないでしょうねぇ。

混雑の話はさておき
琳派です。

浅学なのを如実に表すようで気はさしますけど
展示されている作品たちってそれぞれの作家たちの最高傑作なのでしょうか。
違いますよね? 違ってもらわないと困るなぁ・・・(・・;)

宗達画、光悦筆のコラボのものはとても面白く感じましたけど、時代が下って抱一に代表される江戸琳派まで来るともうどうでもよくなって・・・。
狩野派も江戸狩野は面白くないですもんね。
ま、あくまで私見です。

光琳はまあ・・・。
メトロポリタンミュージアムにある「八橋図屏風」が見たい!

1時間も並んだのに、1時間弱で出てきてしまって(ランチは館内で取りましたけど。それも並ぶ必要・・・)
口直しに、お隣の智積院に等伯一門の国宝「楓図」・「桜図」などなどを見に行きました。
やっぱりいいなぁ❤ (注:相当痛んでいるので多少想像力は必要です)
新しく田渕俊夫画伯が制作された講堂襖絵「四季墨絵」も見事だったことを申し添えます。

まぁ、後学の為に「風神雷神図屏風」3作品の揃い踏みはご覧になったらいかがでしょうか。
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琳派誕生400年記念 琳派 京(みやこ)を彩る

 琳派とは、江戸時代に現れた装飾的な作風を特色とする、俵屋宗達、尾形光琳・乾山、酒井抱一といった芸術家の一群をゆるやかにつなぐ言葉です。その源は、京都洛北の鷹峯に住し、書をはじめ様々な芸術に関与した本阿弥光悦へと遡ります。本展は、光悦が徳川家康から鷹峯の地を拝領して400年となることを記念し、琳派誕生の地である京都において初めて開催される本格的な琳派展です。琳派の名作を一堂に集め、その都ぶりな美意識、日本的と評される特質をご堪能いただくとともに、琳派の系譜をご紹介します。

風神雷神が、京博に降臨!
直接の師弟関係を持たず、芸術家たちが自らの経験の中で出会い、選び取ることによって継承されてきた琳派の流れ。その姿勢を端的に示すのが、模写という行為です。名高い「風神雷神図屏風」は、宗達・光琳・抱一の三者が描いています。写すことは、憧れの表明。三組の「風神雷神図屏風」は、一見同じようでありながら、三者それぞれの個性を秘めています。加えて本展では、光琳の「風神雷神図屏風」の裏面のために抱一が描いた「夏秋草図屏風」までもが花を添えます。
  国宝 風神雷神図屏風 俵屋宗達筆 建仁寺 <展示期間:全期間10/10~11/23>
  重要文化財 風神雷神図屏風 尾形光琳筆 東京国立博物館 <展示期間:10/10~11/8>
  風神雷神図屏風 酒井抱一筆 出光美術館 <展示期間:10/27~11/23>
「風神雷神図屏風」3作品を同時に鑑賞できるのは10月27日~11月8日です。
2作品展示期間中は「夏秋草図屏風」が展示されます。


光悦と宗達
信長、秀吉、家康―天下の覇者がめまぐるしく入れ替わり、世情不安定な時代の都に、光悦と宗達は生まれました。刀剣の手入れや鑑定に携わる家に生まれ、錚々たる武将たちと交わり、書家として、また陶芸家や漆芸のディレクターとして活躍した光悦。俵屋という絵屋を経営し、公家や社寺、上層町衆のために扇絵や障壁画などを描いて名を知られたという宗達。二人の交流は、美麗な料紙装飾と豊麗な書の競作によって、現代に伝えられています。

光琳と乾山
徳川の治世がもたらした平和と繁栄の時代、元禄。琳派誕生からおよそ百年後のこの頃、京で壮年期を過ごしたのが、尾形光琳・乾山の兄弟でした。光悦とも縁戚関係にあった尾形家は、洛中でも指折りの高級呉服商・雁金屋。恵まれた環境にあった二人は、おそらく光悦や宗達の作品を身近に、書画や能などの教養を身につけて育ちます。
贅沢な暮らしが身になじんでいた二人は、自分たちが手にしたいものを制作したのではないでしょうか。そしてそれは、高級品を享受する人々が居住し、それを作り出す職人たちが集住する京であったからこそ可能だったのです。

光琳を受け継ぐ 江戸琳派
江戸に幕府が開かれておよそ200年。それまで京大坂の文化に追随してきた江戸は都市としての成熟を迎え、戯作や浮世絵版画に代表される洒脱な世界が、武士や富裕な町人によって生み出されました。その中から登場した酒井抱一は、江戸文化を謳歌する粋人でした。
抱一が成し遂げた重要な事業が、文化12年(1815)の光琳百年忌にあたって出版した『光琳百図』と『緒形流略印譜』。光琳の作品をまとめるとともに、これまで流派として意識されていなかった芸術家たちを緒形流として整理し、現在の琳派研究の礎を築いたのでした。


2015(平成27)年10月10日(土)~11月23日(月・祝)
@ 京都国立博物館 平成知新館




   いえ、ま、クリムトは好きですけれどね。
   クリムトはきちんと咀嚼吸収したうえでアウトプットしていると思います。
   でもクリムトまでRINPAに含めちゃうって・・・アツカマシクナイ??




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   京都国立博物館での琳派展は開催から20日間で10万人。

   ちなみに 奈良国立博物館での正倉院展は20日間弱の会期で25万人くらい。




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