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ラ・マンチャの男@シアターBRAVA! 千穐楽

実はミュージカルはこりごりでした。何を観たとはいいませんが・・・。
でも、幸四郎さんのラ・マンチャの男、10年ぶりの大阪公演ということで、ダメモトで・・・。
ほんとにダメモトで・・・(繰り返さなくっていいって・・・(・・;))

が~ 

よかった~~~!!

予想外の感動で涙、なみだ・・・
やっぱりちゃんとした役者さんが演じるとこうまで違うのかと・・・。
セリフの説得力、歌の表現力・・・やはり根本に歌舞伎で鍛えたものがあると思います。

その他の役者さんたちも適材適所で、みなさん性根をしっかりつかんでらしていいなぁ。
そうでないとこのアンサンブルの中では演れませんよね。
お嬢さんの松たか子さん、高い透明な声が持ち味かと思っていましたけど、低音域が伸びて素敵! 

舞台装置も演出も、飽きさせずコンパクトにまとまっていてGOOD!
舞台を左右ではなく、上下の広がりで使うのが面白い!

オーケストラも楽しい指揮者の方とともにGOOD!(オケボックスがこんなところにあるとは・・・)

まさか自分がこんなにミュージカルを楽しむなんて・・・うれしい誤算です。

もちろんスタンディングオベーション!!
アンコールは何回でしたっけ?
英語でも見果てぬ夢を歌ってくださって・・・またなみだ・・・。
何度聞いてもいいですねぇ。
弁慶の幸四郎さんもいいけれど、この幸四郎さんもすばらしい!
ほんとに稀有な役者さんです。
またぜひ観たいと思います❤

この後は富山で3日公演だそうです。
どうぞお体お大切に・・・


~~シアターBRAVAのページより~~
【キャスト】
<セルバンテス/ドン・キホーテ> 松本幸四郎
<アルドンサ> 松たか子 
<サンチョ> 駒田 一
<牢名主> 上條恒彦
<カラスコ> 福井貴一
<アントニア> 月影瞳
<神父> 石鍋多加史
<家政婦> 荒井洸子
<床屋> 祖父江進

鈴木良一、水村直也、大塚雅夫、萩原季里、塚本理佳、片岡身江、美濃良、
山本真裕、中尾和彦、土屋研二、藤田光之、羽山隆次、山本直輝、市川裕之、
石丸隆義、真島邦英、村上幸央、栗林昌輝、斉藤義洋、高野史郎、安倍幸太郎、
氏家忠明、松本錦一、仲由幸代
ほか


【あらすじ】
 16世紀の末、スペイン・セビリアの牢獄。
作家・ミゲール・デ・セルバンテス(松本幸四郎)は教会を侮辱した罪で投獄される。
泥棒や人殺しの罪をおった囚人達は新入りのセルバンテスをこづきまわす。騒ぎをききつけた牢名主(上條恒彦)は、牢獄内で裁判をやろうと言い出す。セルバンテスは自分が書いた「ドン・キホーテ」の脚本を、牢獄内で即興劇として演じ申し開きをすることを思い立つ。他の囚人たちに役をふりわけ、その物語に巻き込んでいく。
「・・・さて皆様、私は1人の男の役をつとめます。私の創り出したその男を見てやってください!名前をアロンソ・キハーナ。さして若くはない、田舎の郷士・・・。」

男は、朝から晩まで騎士道物語の読書に没頭するあまり、凡俗な世間に愛想を尽かし、ついには自分自身が何世紀も前に姿を消した遍歴の騎士だという妄想に陥り、「世界の全ての悪を滅ぼさん」がため、従僕のサンチョ(駒田一)を引き連れて冒険に旅立った。その男こそ人呼んでラ・マンチャのドン・キホーテ。

 ドン・キホーテは見果てぬ夢を追い求めて進む。風車を見ると「4本腕の巨人」と信じて突撃し、宿屋に着いては「城の主はあるか」と呼び張った。しかし、そこにいた宿屋の亭主やあらくれ男どもは、彼を気の狂った老人だと無視して取り合わない。
売春婦アルドンサ(松たか子)も初めはいぶかしんでいたが、彼女の事を「美わしき夢のドルシネア姫」と呼ぶこの不思議な老人に、次第に心を開き始める。

キハーナの狂気は、真実なのか?それは誰にも分からない。床屋(祖父江進)のヒゲ剃り用の鉢を兜と決めつけキホーテの戴冠式は終わる。その場に居合わせた神父(石鍋多加史)とカラスコ博士(福井貴一)は、「キハーナの病はどうすれば治るのか?いっそのこと病気のままの方がよいのでは?」と思い始める。

キホーテにとって、アルドンサこそドルネシア姫その人であり、おもむろに騎士としての使命を披瀝する。
「夢は稔りがたく、敵は数多なりとも、胸に悲しみを秘めて、我は勇みて行かん」
 次第に心ゆさぶられるアルドンサ。そんな彼女の変化に気付いたラバ追いたちはすきを狙って襲いかかる。ぼろ布のような姿となってドン・キホーテの前に現れた彼女は、「あたいはあんたの思い姫なんかじゃない。ただの下品な女だ。」と号泣する。彼女が何を言おうともキホーテの気持ちは変わらない。そこへ鏡の騎士と名乗る者たちが現れる。向けられた鏡の盾に映る自分の姿を見た彼は、自分が騎士・ドン・キホーテではなく、ただのみすぼらしい老人だと気づき、打ちひしがれ倒れてしまう。

鏡の騎士に敗れたキハーナは、瀕死の床に伏している。そこへアルドンサが駆けつける。キハーナは彼女が誰だかわからない。「・・・あたいの事を違う名前で呼んでくれたよ、ドルシネアって!」女の悲痛な叫びにドン・キホーテの事を少しずつ思い出すキハーナ。最後の力を振り絞り立ち上がる「我こそ、ドン・キホーテ」見果てぬ夢を追い求めた男に死が迫る・・・。

牢獄での芝居は終わった。セルバンテスは裁判所へ連れ出される。
牢名主は問う「ドン・キホーテはセルバンテスの兄弟か?」
セルバンテスは答える「我らは2人ともラ・マンチャの男です」





できれば、息子の染五郎さんとのアマデウスも上演よろしくお願いします。



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*朝日新聞 演劇評 by西本ゆか 09/05/20
ラ・マンチャの男 ~「真の自己」見つける心の旅路

 他者との関係性の中でこそ人が人となるのなら、真の自己とは、私が自分の中に見る姿だろうか、他者が私の上に見る姿だろうか。松本幸四郎のライフワーク「ラ・マンチャの男」が、大阪で10年ぶりに上演された(1日~18日、シアターブラヴァ!)。不遇の作家セルバンテスと、彼が冤罪の獄中で練り上げたドン・キホーテ、その2役を千回を超えて演じ続ける幸四郎。三つの魂がわかちがたく一体となり、初演から40年の今もなお、人が人として生きる姿を問いかけて古びることのない、心の旅路だ。
 16世紀末、セビリア。教会侮辱罪で投獄されたセルバンテスが牢内で演じる即興劇の主人公は、自らを遍歴の騎士と思いこみ、従僕サンチョ(駒田一)と共に冒険に旅立つドン・キホーテだった―。
 老郷士キハーナという現実を忘れて風車の巨人と戦い、狂気扱いされるキホーテを幸四郎は序盤、老いの悲哀をからめた滑稽さで演じる。セルバンテスの「最も憎むべき狂気は、ありのままの人生に折り合いをつけてあるべき姿のために戦わぬことだ」との台詞で滑稽が崇高に転じ、嘲笑すべき彼我が入れ替わる瞬間は劇的だ。この主題に答えを示すのが、たくましい野生の生命力に輝く松たか子の娼婦アルドンサ。彼女をドルシネア姫と信じるキホーテの瞳に、偽りでも彼が望む姿で己を映したいと思い始めた彼女は、現実に連れ戻されキハーナとして死の床についた彼の前に、運命に流される日々から脱して現れる。彼をただ幸福にするために彼女が「ドルシネア」と名乗った時、偽りは真実となり、キハーナはキホーテに戻り、気高く雄々しく、立ち上がる。
 人は自分を受け入れ、肯定してくれる相手がいれば、己の心において何者にでもなることができるのだ。金や権力では到達できない、魂のゴール。それを、幸福と呼ぶのかもしれない。




そうなんですよね。
痩せた野良猫のアルドンサの中にドルネシアを見る
老郷士キハーナの中にキホーテを見る

そして
松たか子の中にアルドンサとドルネシアを見る
幸四郎の中にキホーテを見る

だからこその感動であり共感なのだと思う。

「最も憎むべき狂気は、ありのままの人生に折り合いをつけてあるべき姿のために戦わぬことだ」

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